デザイナーに、「とりあえず作ってみて。みてみないとわからないから」っていうのは「とりあえず家作ってみて、住んでみないとわからないから」といってるのと全く同じ次元だということを理解して欲しい。
会社の女の子がいつもシュシュで髪を結んでて、
昨日「なんか脱いだパンツで結んでるみたいだ」と言ったら「疲れて頭おかしくなってるんじゃないですか」とゴミを見るような目で言われたんだけど、
今日呼び止められて「今日は水玉のパンツですよ」と言ってくるりと回ってくれたので元気出ました。
自分しか
関心が無い人は、どことなく冷たく、同情はあっても共感は無い。
裸の王様って「この服はバカには見えないんです」って言われて、「おっおうふ、わ、私には見えるぞ!」って強がって言って着るのは分かるんですよ。でもその後、王様は外に出ますよね?それって「私の国の国民にバカはいない!」と思ってくれてるからこそだと思う。国民を信じるあの話の王様格好いい。
ちなみに僕の知っている任天堂と付き合いが長かった京都のおもちゃ屋のおっちゃんなど
「任天堂はファミコンなんてもんで儲かるようになってから、花札やトランプのデザインが手抜きになった、あんな商売はさっさと止めて本業をしっかりやって欲しい」
と(京都弁で)怒っていた。
人の孤独の総量は、みな平等である。この年になってそう思う。だが、自分の孤独だけは特別だと思い込みその考えに囚われると、人は自壊する。人生は孤独との戦いだけど、そンな事は忘れたフリをしてシレッと生きる、それが、大人である。(小池一夫)
ある理想を本当にリアルに思い描くことができるなら、それは現実になる。なるのかも知れない。なるのだろう・はずさと思う。怖い話だ。
たとえ部分的にでも、誰かの思い描いてきた理想を、この現実が反映しているのだとしたら。